一冊は「異域」という六十年代に書かれた作品で、中国国内での国共内戦に敗れた国民党軍について書かれた戦記小説である。作者は、鄧克保という無名の人間だが、これは実はペンネームであり、実は日本でも一時流行った「醜い中国人」の著者、柏楊である。
八十年代には香港で映画化されるなど、中国人社会 では、たいそうな名著であったらしい。日本では関係書にはほとんど目を通し尽くしたつもりであったが、中国語のタイトルについては思いがおよばなかった。この国民党軍の末裔たちが暮らすタイ北部の田舎町メサロン(メーサロン)に行くまで、このような著作があること自体、寡聞にして知らなかった。
もう一冊は、「金三角・邊區・荒城」といい、これも柏楊が書いた作品だが、こんどはルポル タージュ形式となっており、実名で出 版されている。一九八○年に、台湾の新聞社の依頼でタイ北部を訪れた柏楊が、取材の上に分析を加えたこの作品は、かの有名な麻薬王クンサーや、初代麻薬王 である羅星漢、阿片戦争、インドシナ紛争と麻薬の関わりなど、黄金の三角地帯の成り立ちまでの「麻薬史」を時系列的に網羅している。
さらに、タイ政界の黒幕とされるプレム大将の政界デビュー、共産化の危機にさらされていた当時の タイの情況、二世三世となった 国民党の末裔がタイ社会に溶け込んでいく苦労など、日本語作品では空白となっている部分についても触れられている。
読み進めていくうちに、いままで目にしてきた黄金の三角地帯ものとは、質も量もはるかに上の水準 を行くものであることがわかっ てきた。北タイを訪れる旅行者ならば、ほぼ全員が興味を抱く内容でもあり、自身が丁寧に読むためにもあえて全文を訳出した。
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