(14)


 飛行機が離陸してから二十分ぐらい経ったころだろうか。突然様子がおかしくなった。どう様子がおかしくなったのかは誰にもうまく言えなかったが、張復生 将軍が、右側のエンジンが停止しているのに気付いた。主翼の三枚羽のプロペラが、貼り付いたように動かなくなっている。彼が指差すので私も見てみた。
 機体は二千フィートほどの高度まで降下して、やっと何かに支えられるように止まったようだ。機内は混乱した。仲間たちは心配してひと固まりになった。妻 は私をしっかり捕まえた。私は機内の壁で何度も頭を強く打った。転げるたびにすべての細胞が骨を刺すような痛みを発した。
 みなが慌てふためいているころ、中国人の副操縦士が出てきた。彼は額にべっとりと汗をかきながら、張復生将軍の前に出てきて、緊急の処置を頼んだ。
「将軍」
彼は喘ぎながら話している。
「飛行機に故障が発生して非常に危険な状況です。部下のみなさんに、ハッチを開けて捨てられる物は捨てるよう命じてくださいませんか。我々は直ちに重量を減らす必要があります」
 みなが持っている簡単な荷物と、機体後部に集めて積み上げられていた、救命用具と思われる物、すべてを機外に放り出した。飛行機は小さな川に沿って飛行 して、さらに降下を続けているが、何とか機首を持ち上げようともしている。川の中洲にいる家鴨が巨大な影に驚いて、蜘蛛の子を散らすように飛び去った。子 供たちが追いかけっこをしているのがくっきりと見える高さだ。エンジンは異音を発しており、今にも爆発しそうであった。掠ってもおかしくないほどに、巨大 な主翼が両側の尾根に近付いている。
 私は操縦室に駆け込み、アメリカ人機長と中国人副操縦士の背中を注視していた。彼らは計算してはまた計算しなおし、ずっと話し込んでいる。彼らの顔を覗き込むことはできないが、汗でびっしょりとなった彼らの両腕だけは見える。

 どのぐらいの時間が過ぎただろうか。あとで聞いたところでは、わずか二十分だけだったようだが、我々は新しくできた、タイのピッサヌローク飛行場にいた。赤い旗で阻止されても、構わず強行着陸したのである。仲間たちは死神の懐から蘇った。
 百戦の英雄たちも、藁くずのような顔になって、ある者は立ち上がろうにも腰が抜けて力が入らなかった。張復生将軍は、飛行場のタイの役人に対して、こうした彼らが重病人であるということにしてもらった。誰かが助けなければ起き上がることもできないからである。

 仲間たちが飛行機を降りた。異変を聞きつけた地元の華僑たち、そして、タイ空軍の責任者はまだこちらに到着していない。まだ盛大な歓迎を受ける前、私と 例の副操縦士は飛行機の側で立ち話をしていた。彼によると、この飛行機はもう使えないので、別な飛行機を派遣してもらうしかないらしい。彼は三十年の飛行 経験があるが、このような出来事は初めてだと言っていた。もう少し経っていたら、おそらく立て直せなかったかもしれないという。
「操縦士の技量の問題ですか?」
私は聞いた。
「いえいえ、その反対ですよ。幸いにも彼の腕がよかったから助かったんです。もしそうじゃなければ我々は今頃とうに粉々になってますよ。おそらく積み過ぎ が原因でしょう。この機種はもともと二十人乗りですが、五十人乗っていました。それに、荷物などもありますし。馬の上に象を載っけるようなもので、それで 持たなかったのではないかと…」
「でも、我々は助かりましたよね」
「そうです。おかげで我々は無事に着陸できました。神に感謝しないといけませんね」
「しかしですよ」
私は心に引っかかっていて、聞きたいことがあった。
「もし、本当に飛行機が山に衝突することが避けられないとなったら、やはり、操縦士は先に落下傘で逃げるんじゃないですか?」
「それはありえません」
彼は答えた。
「我々は飛行機と一緒に死にますね。乗客を機内に残して、自分達だけが落下傘で逃げるということはできません。おそらく、全世界の操縦士は同じように考え るでしょうな。すべての乗客が全員脱出するまでは、我々操縦士は逃げてはならないのです。これは空を飛ぶ者の道徳ですからね」
 私はこの副操縦士が安徽省の出身であるということだけ覚えていて、彼の名前は忘れてしまった。だが、彼が務めている会社に聞けばわかるかもしれない。
 私は彼に敬慕の念を抱いていたのかもしれない。彼の話は刃物のように私の心に突き刺さってきた。先ほど私が操縦室で見ていた、彼ら二人が決して逃げずに飛行機を操っていた様子を思うと、私は自分を恥じるべきなのだった。私は彼と握手を交わした。
 そしてこの時、私は心に決めた。どのような仕事にも、道義というものがある。私はやはりこの地に留まるべきだ。そして、あの辺境へ戻るべきなのだ。






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